前回の「鷹」に続き、今日も象徴事典の翻訳を進めていました。
今日出会った言葉の中で、印象に残ったのは「雄山羊(He-goat)」の記述です。
山羊といえば、悪魔の姿(バフォメット)として描かれることも多い動物ですが、なぜそこまで「悪者」扱いされるのか。
その心理的な理由が、事典にはっきりと書かれていました。
事典の記述:雄山羊
象徴辞典では、雄山羊はまず「スケープゴート」のイメージと結びつけられています。
そして、なにの身代わりなのかというと、それは自らの罪です。
自分の罪や後ろめたさを他者に投げ、その良心の痛みを押し込めてしまう心の動きの象徴です。
そうやって「罪を背負わされて外へ運び出される」存在であることから、雄山羊には
-
何かを託されて運ぶ「使者」であり、
-
その運んでくるものは、罪や邪悪さと結びつく悪魔的なイメージ
であると記述があります。
悪魔バフォメットの頭が山羊であることも、この象徴的なイメージから理解することも可能です。
夢分析としての考察:「投影」という心の防衛本能
象徴辞典の意味をそのまま夢のイメージに落とし込むなら、
夢に雄山羊が出てくるのは、
自分の中にある罪悪感や後ろめたさを、
無意識のうちに「誰か(何か)に背負わせている」
という心の動きを知らせるサインだ、と読むことができます。
心理学の言葉では、こうした働きを 「投影」 と呼びます。
本当は自分の内側にあるものを、他人や状況のほうに見てしまう、防衛本能のひとつです。
この読み方をするとき、夢の中での雄山羊の「登場のしかた」には、いくつかパターンが考えられます。
-
すでに死んでいる雄山羊として現れる
-
自分を襲ってくる、追いかけてくる
-
どこかへ連れていかれる/どこかへ歩き去っていく
-
遠くからじっとこちらを見つめている
いずれの場合も、
-
「いま、自分が誰かに押しつけているものは何か」
-
「本当は、自分のほうにも原因や責任の一部があるのではないか」
という問いを、夢が差し示しているのかもしれません。
「投影」に気づけるかどうか
投影自体は、人間が生きるうえでごく普通に行っている防衛です。
それを一度もしたことがない人のほうが、むしろ不自然です。
問題なのは「投影していること」に気づく余地すらない状態で、
すべてを他人や環境のせいにして、まったく痛みを感じないときです。
雄山羊の夢は、
「あなたの中には、ちゃんと良心がある」
「だからこそ、その罪悪感をそろそろ自分のものとして扱える段階に来た」
という、ある種の前向きなサインとして読むことができるでしょう。
「悪魔」と雄山羊の象徴
悪魔が雄山羊の頭をして描かれることがあり、
その悪魔が単なる「神の敵」ではなく、
ときに崇拝の対象にさえなってきた、というのも興味深いところです。
悪魔は「悪」の側に立つ存在だとされますが、
その悪魔は、自分自身の「悪」だけでなく、
私たちが押しつけた罪まで、まとめて引き受けているとも言えます。
完璧で汚れなき神だけがいる世界よりも、
人間の影や弱さを背負ってくれる存在がいる世界のほうが、
どこか現実的で、救いがあるようにも感じられます。
雄山羊の夢が映し出す「ふたつの自分」
雄山羊の夢は、そうした
-
「罪や影を、誰かに預けっぱなしにしてきた自分」
と -
「それを自分の手に取り戻すだけの善性と力が、すでに備わっている自分」
この両方を、静かに映し出しているのかもしれません。
夢分析の依頼・受付
-
-
受付の最新情報はホームページ内の依頼ページにまとめています。
-